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自身で語られるようになった「認知症」 |
最近、認知症(痴呆改め)を病む人自身が、その思いを語り始めた。それは、今までにはなかった画期的な現象であった。以前は、専門家や介護者が思いを推量、代弁してきたが、当事者の思いそのものではなかったようだ。その思いを語った記事に初めて出合ったのは、オーストラリアの元政府高官クリスティーン・ブライデンさんのことだった。自らの認知症を公表し、その思いを伝えるため、夫と世界各国で講演活動や早期発症した仲間との交流を続けている。読み終えた時、「すごいことが始まった…」と、しばらく感動を抑えることができなかった。時代が進んで来たという思いと、社会に理解を求める大きな手段が確立されて来たと思った。

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雛人形をじっと見つめる母 |
後日「そういえば…あんなことがあった…」と、痴呆の母を在宅介護中のある日の出来事を思い出した。それは、床の間に飾られた雛人形を食い入るように見つめている母の後ろ姿を見て、いつもの母とは違う雰囲気があると私は感じた。
母は若い頃から信仰心が厚く、毎朝仏壇に般若心経を唱えるのが日課だった。その日も拝み終え、ふと床の間に飾られた雛人形に目が移った。母は立ち上らず膝で人形の前まで移動し、じっと眺め始めた。お尻はペタンと畳に落として座り、両手は前につき、身を乗り出すようにして身動きひとつしない。後方の廊下で見ている私には、表情は見えないが、きっと穏やかな顔付をしているだろうと想像できた。
雛飾りは私の娘のもので、結婚する時家に残して行った。人形は小さかったが御殿付の段飾りだった。都会の狭い家に住むようになってからは、御殿の中に、お内裏様、お雛様、三人官女だけとコンパクトに飾っていた。

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あの時母は何を語りたかったのだろう |
しばらくして再び母のようすを見に行くと、まだ先刻のままの姿勢で凝視していた。「母は今、何を考えているのだろう。昔の自分の雛の頃?それとも娘の雛の想い出?…懸命に想い出の糸をたぐり寄せているのだろうか…。」症状も進み、物忘れも激しく、あきっぽくなっている母が、こうして長時間熱心に雛飾りを見ているのは、何かわけがあるように思え、強烈な印象として、今も私の心に残っている。
あの日の光景を思い出す時「あの時母は、何かを語りたかったのでは…」と、近頃になってそう思う。認知症の方がご自身の思いを語り、周囲の人々に「尊厳をもって、どう受けとめてほしいか」希望を訴えている昨今、私たちは、その声をしっかり傾聴し、理解を深めてよりよい介護のヒントにしたいと思う。

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