スローほっとコム トップページへジャンプします
ほっとコムの理念ページへ 向日葵物語のページへ 出逢いのページへ この人・この時・この想い このページです。 メールマガジン登録のページへ リンクのページへ
 
  

4月から中学生になった息子です
 

いよいよ新学期が始まりました。
年長さんになった下の子は、毎日楽しそうに通っています。年少さんの中には、お母さんと離れるのがイヤで、泣きながらお母さんにずっとくっついている子もいます。
困った顔のお母さんを見ながら、うちもそうだったなぁ・・・と思い出し、お母さんも、お子さんもがんばれ〜、とひそかにエールを送りながら横を通っています。

上の子は、この4月から中学生になりました。ピカピカブカブカの詰め襟を着て学校に通う姿は、どこから見ても一年生です。まだ、物珍しいばかりのようです。

親としての新たな決意
 

「親」という字は、「木の上に立って見る」ことからできたのだそうです。世間という急な流れを渡っていく子どもには命綱がついていて、それを握っているのは、もちろん親です。
子どもが心配なあまり、強く引っ張りすぎれば、子どもが綱の存在を嫌がって、まだうまく泳げないのに、綱を断ち切ろうとしてしまいます。逆に、緩すぎれば、命綱の役目を果たしません。
自力で泳いでいるつもりにさせながら、上手に誘導していくのが、親の役目だ、というお話を聞いたことがあります。これから思春期を迎え、大人へと成長していく息子との関わりを考える上で、とても大切なことだと思います。
心配性な私のことだから、きっと、引っ張りすぎて、息子と何度も衝突してしまうのでしょう。それでも、最後まで、しっかりと命綱を握っていけるよう、努力し続けようと、気持ちを新たにしました。

入学式といえば必ず思い出すことが…。
 

そんな親としての責任をひしひしと感じながら、息子の入学式に参加したはずなのですが、思い出していたのは、そのこととはまったく関係のない、私自身の小学校の入学式での事件でした。
ドキドキわくわくしながら、校門をくぐると、クラスごとに並べてある名札を自分で探し、見つけた子から、教室に入ることになっていました。
一生懸命探したのですが、私の名札はありません。
一緒に行った幼なじみや、他の新入生たちは、さっさと見つけて、教室へ入っていきます。
母には「探し方が悪いんでしょ」などと言われながら探し続けて、それでも見つけられずに恥ずかしいような、くやしいような思いをしました。
結局、最後まで名札を見つけられませんでした。たった一つ残った名札から、間違った読み方で名前を書かれていたことが判明しました。
漢字を知っていて、読み替えができる大人であれば、気づいたかもしれませんが、小学1年生にはわかるはずもありません。
名札だけでなく、机やロッカーに貼ってある名前もすべて違っていました。
名札が見つけられなかったこと、名前を間違えられたこと、当時の私にはとても悲しいことでした。
当然のごとく、クラスの悪ガキ達に間違ったほうの名前で呼ばれることになりました。
その後、楽しいこと、嬉しいこともたくさん経験して、いろいろな思い出ができたので、この入学式での悲劇(?)もただの笑い話となりましたが、入学式の季節になると、必ず思い出すできごとです。



 
ご意見やご感想がありましたらお聞かせください。 kokoro@slow-hot.com
トップページへ